deception 30




涼介が赤城道路の中間にあるスペースでいつものようにメンバーの走りを見ていると、が足もとの砂利を鳴らしながら近くへ寄って来た。
目が合うと、無愛想な顔つきのまま小さく会釈する。
チームのリーダーとそのメンバーという関係の時は、極端な位にお互いの態度が素っ気ない。
だからこそ史浩でも二人が付き合っていることに気付かなかったのだが。

「俺の言うことが分かるようになったか?」
「・・・頭では分かるんですけど、まだ実践できてないです。」

困ったように顔を顰めるに、涼介は苦笑いを浮かべる。
大体、何かを教えようというときには、はすぐに理解できる方だった。
メンバーの中でも飲みこみはいい方だろう。
涼介の言うことを理解して、実際そのように車をコントロールしようとする。
その様子を見る限り、きちんと理解しているのは傍から見ても分かるのだが、やはりそう簡単には実践できない。
それとは対照的に、啓介は説明しても分かったような分からないような微妙な反応を示す。
けれど実際に車に乗ってしまうと「アニキの言ってるのって、こう言うこと?」とアッサリと実現出来てしまったりする。
そこが啓介のすごいところであり―――欠点でもある。

下を走る車を眺めながら、暫くステアリングワークの話をしていたが、その途中でがチラリと腕時計に視線を落とした。
涼介も時計に目をやる。
もうじき日付が変わろうとしている。

「ええと・・・涼介さん、あの、本当はこう言う場所で話しちゃいけないとは思うんですが。」

今まで淡々と話をしていたが急にしどろもどろになって涼介から目を逸らす。
一体どうしたのだろう?
その彼女の表情に、涼介も「チームのリーダー」というスイッチを切る。

「どうした?」
「・・・その・・・わた・・・じゃない、俺、明日誕生日なんです。」
「―――え?」
「いや、別に、だからどうしたってワケでもないんですけどっ。」

衝撃の告白に、涼介は眉根を寄せたまま一瞬何も考えられなくなる。
恋人の誕生日をまさかその当日の5分前に聞くことになろうとは。
だからどうしたってワケもあるだろう。

「何で今まで教えてくれなかったんだ。」
「だ、だって、そう言う機会ってなかったじゃないですか。」
「別に機会なんかなくても言ってくれれば・・・。」

いや、こんな責めている場合ではない。
涼介は内心頭を抱えながらも思いなおす。
こんな話をしているうちに1分使ってしまった。

「わざわざ言うのも恥ずかしいなーと思ってたんですけど、やっぱり言った方がいいって・・・。」

アキコに言われて。
「明日はあのカッコいい彼と誕生日過ごすんでしょ?」とからかい口調だったアキコが、がまだ教えていないことを知って「何考えてんのよ!」と一瞬にして怒りだした。
あれやこれやと納得行くような行かないような理由をさんざん説明されて「とにかく今日中にちゃんと教えなさい!」と別れ際に何度も念を押されたのだ。
確かに自分も涼介さんの誕生日が知らないうちに過ぎてしまっていたら寂しい。
そう思って意を決して赤城に来たのだが、今の今まで二人で話が出来るタイミングがなく、気がつけばあと数十分で誕生日。
だけどイキナリそんな話をするのも気が引けて、車の話をしてしまい、残りは僅か5分。

「あの、明日の夜なんて・・・忙しい、ですよね。」

気まずそうに笑うの頭を、ため息交じりにコツンと軽く叩く。
明日は夕方から夜にかけて試験の予定があった。
それはもちろんキャンセル出来るはずもないが、その後の打ち上げは参加しなくてもいいだろう。

「7時くらいまで用事があるんだ。その後で会おうか。」

コクンと頷き下唇を軽く噛むが、その直前に嬉しそうに輝いた目を見逃さなかった。
こんな場所でなければ即行で抱き寄せてるだろう。
しかし、いくら会話の聞こえる範囲に人がいないとは言え、少し離れたところに人影もあるし、多くの車が二人の後ろを通り過ぎる。

はいくつになるんだ?」
「ハタチです。」
「じゃあ、ようやく堂々とお酒が飲めるんだな。それなら明日はせっかくだからお酒の美味い店にもで行こうか?」
「あの・・・俺、ご飯、作ります。」

この前は作らなかったから・・・。
意味もなく自分の車の方に視線を向け、低い声でボソリと続ける。
それは普段峠で見せる無愛想さ、というよりは涼介を前になかなか素直に自分の思っていることを言えないでいる不器用さだろう。

「なら、お酒は俺が用意するよ。」

がクスクスと笑う涼介の方を向く。
今度は涼介の方が先に時計を見た。

「―――二十歳になるお前に、一番最初に言えるな。」
「・・・あ。」

も続いて時計を見る。
3秒、2秒。1秒。

「誕生日おめでとう、。」