deception 27




床に無造作に置かれたの携帯が、軽やかに鳴った。
メールの着信を伝えるその音に、は箸を置く。

「―――ごめん、修ちゃん。」

一言断りを入れて、は携帯を開いた。
向かいに座っていた松本は、一瞬眉根を寄せながらも何も言わず箸を口に運ぶ。

は松本のアパートに来ていた。
平日は松本が夜遅くまで仕事することが多いので滅多にないが、土曜や日曜の夜にはが来て料理を作ることがあった。
が高崎で一人暮らしを始めた時、ちゃんとやっているか様子を知るために松本がアパートに呼んだのが最初である。
その後一人暮らしが慣れてきて暫くはその習慣は薄らいできたのだが、がレッドサンズに入ってからはまたその習慣が復活しつつある。

携帯をパタリと閉じて、も箸を持ち直す。
下唇を少し噛んで、自分から視線を逸らす様子に、松本は「またか」と思いながら煮物の人参をつまむ。

「―――返事しなくていいのか?」
「うん・・・食べ終わってからでいいよ。」
「別に気にしなくていい。」

箸を休めずに言う松本の台詞に、は遠慮がちにまた携帯を開いた。
工場でメンテナンスをしているときや、今日のように一緒に御飯を食べているとき、大体一度はの携帯が鳴る。
その時、何回かに1回の割合で、今と同じような表情をする。
特に松本は鋭い方ではないけれど、その相手がただの友達ではないことくらい想像がつく。
もうだって子供じゃない。
恋愛に口を出すつもりはないけれど―――気にならないと言えば嘘になる。

夕飯を終え、が淹れたお茶を啜る。
空いた皿を重ねるは、いつもより少しそわそわして見えた。
これからさっきのメールの奴と会うのだろうか。
松本はチラリと時計に目をやる。

「―――片付けなら、俺がやっておくぜ。」
「え?大丈夫だよ。」
「これから誰かと会うんじゃないのか?」

キッチンに皿を運ぶに、松本は「本当に、気にするなよ。」と声をかける。
は「う、うーん・・・」と曖昧な返事をしたまま、食器を洗い始める。
やれやれと肩を竦めながら、湯呑を空けた。
その男は、こうやってが自分の家に来てご飯を作ったりしていることを知っているのだろうか。
もちろん彼女は幼なじみ以外の存在ではなくて女として見ることはないけれど―――普通面白くはないだろうな・・・と思う。
それとも、こんなことは気にならない位に自分に自信がある男なのか。

「・・・じゃあ、後はよろしく。」
「ああ。」

玄関に立つに「旨かったよ」と頭をポンポンと撫でると頬を赤くして口を尖らせる。
ガキみたいで、時折危なっかしくて、放っておけない大事な妹のような

「―――、今度紹介しろよ。」
「え!?」
「付き合ってる奴、いるんだろ。」

松本がそう言うと、は更に頬を真っ赤にする。
何だか、今まで以上に幼なじみが可愛く見える。
彼女をこんな風にするのは、どんな男なんだろう?
そんなことを思いながら、松本はを見送った。




涼介が指定したコーヒーショップ。
外から覗き込むまでもなく、その姿はすぐに見つけられた。
窓際で涼やかな顔をして本を読む。
がすぐに見つけられるようにとその場所を選んだのだろうけれど、通り過ぎる女性たちの注目の的だ。
こう言う場面は何度も経験してきたけれど、どうしても慣れることができない。
何でこんな人が自分を好きだと言ってくれるのだろう―――つい、そんなことを考えてしまう。

「―――悪いな、急に呼び出して。」

が店に入って来たことに気づくと、涼介は本を閉じてほっとしたような笑みを浮かべた。
やや下を向いて下唇を少し噛み、いそいそと近づいて来るの様子には、いつも自然と笑みが漏れてしまう。
これを癒される―――というのかな。
そんなことを思いながら、自分の横に立つを見つめた。

「いえ・・・あの、今日はもう会えないと思ってたから・・・その、嬉しい、です。」

そう言いながら目を逸らして赤くなる
そんな台詞を口にするときは、相手を見て嬉しそうに笑うもんだろう。
口まで尖らせているに、今度はくすくす笑い。
はどちらかというと意地っ張りというか、天の邪鬼なところがある。
それは涼介も負けず劣らずだったりするのだが。
けれど、涼介がこの前「ちゃんと嬉しい時は嬉しい、つらい時はつらいって言えよ。」と言ったので、今必死に訓練中なのだ。
自分の前では素直になって欲しいと、そんなことを言ったのだが、こうやって自分の要求に応えようと一生懸命になる彼女を見ているのは、楽しい。
「俺も嬉しいよ」と言うと、さすがに耐えきれなくなったのか「私もコーヒー買ってきます!」と逃げるようにカウンターへと駆けて行った。

「―――俺と会えないからって、他の男と会ったりしてないよな?」

コーヒーを手に戻ってきたがほぅと息を吐き、一口飲む。
人心地ついたと思ったら、涼介の意地悪い台詞。

「そんなワケないじゃないですか。」
「そうか?メールで夕飯は済ませたって書いてあったけど、誰かと食べてたんじゃないか?」

冗談めかして更に意地悪く聞く。
そうすると、予想外の返事が返ってきた。

「修ちゃんと―――松本さんと食べてました。」
「・・・松本?」
「たまに一緒に食べるんです。」

にとっては、松本は「男」ではないのだろう。
聞けば、時間のある時に松本の家に行ってご飯を作るという。
涼介の家で涼介がご飯を作る時にも手伝う、ということはよくあったが、が一人で作った料理というのは食べたことがない。
頬杖をつき、を見る。
と松本の付き合いの長さは、ほぼの年齢と同じくらいだろう。
嫉妬するのは馬鹿げていると分かっていながらも、家族のことを話すように普通に松本のことを話すを見ていると、どうしても、胸がざわつく。

「―――、これからどうする?」

言葉を遮るように不意にそう聞けば、キョトンと涼介を見つめる
この後どうするかなんて、何も考えていなかった。
大学の用事が早く終わったので少し会えないか?
そんな涼介のメールに、何も考えず飛び出してきた。
はちょっと困ったように首を傾げ、腕時計に視線を落とす。

「走りに・・・行きますか?」

何となく、そう言う気分ではないんだろうなと思いながらも、それくらいしか思いつかなかった。
涼介は当然のことながら車だし、飲みに行くという選択肢はないだろうし。
頬杖突いていた手を下ろし、涼介は目を細める。

「それもいいが―――の部屋に行きたいな。」
「え・・・私の部屋?」
「だめか?」
「そんなことは、ないです。ええと・・・ちょっと散らかってますけど。」
「じゃあ、行こうか。」
「も、もうですか?」

慌てるに構わず、涼介は立ち上がりカップを掴む。
「ほら、行くぜ。」そう言う涼介に、は急いでコーヒーを飲みほした。

涼介がの家に行くのは初めてだった。
別に避けていたわけではないのだが、何となくそう言う機会がなかったのだ。
来客用の駐車スペースに、車を止める。
外に出ると虫の鳴き声が響いていた。
普段そんな小さな鳴き声も、階段を昇る音も気にならないのに、何だかすごく大きい音のような気がしては息を潜めてしまう。
ポケットから鍵を取り出す。
沈黙に押しつぶされそうになるけれど、必死に堪えて鍵をガチャガチャと開けた。

「・・・どうぞ。」

おずおずとドアを開け、部屋の明かりを点ける。
後ろを振り向くと、さっきまで少し離れた所に立っていたはずの涼介が、すぐ後ろにいた。
びっくりしてが顔を上げるのと、涼介がその頬に触れるのとはほぼ同じタイミング。
そして瞬きをする間もなく、唇を塞がれた。

「―――んんっ」

いつもよりも強引な感じのする涼介には動揺し、小さく身を捩る。
けれど涼介の腕が背中に回され、逃れられない。
一体どうしたと言うのだろう。
頭のなかをハテナマークでいっぱいにしながら、必死に涼介を受け入れようとする。
それからどれ位の時間が経ったのか。
キスだけで頭がクラクラして膝がグニャリと力が入らない。

「何で・・・」

掠れた声でそれだけ問えば「お前が男と飯なんか食うからだろ。」と耳元で咎められる。

「でも修ちゃんは・・・」
「俺の前で『修ちゃん』なんて呼ぶなよ。」

さっきまで涼しげな顔で本を読んでいた男と同一人物とは思えない。
ゾクリとするくらいの低い声で責め、軽々とを抱き上げる。
決して広くないワンルーム。
を抱きかかえたまま真っ直ぐにベッドへと向かう。
さっきまでの強引さとはアンバランスな位、丁寧にベッドに下ろされた。

「ちょ・・・っ!涼介さん!」

顔にかかった髪をどけて涼介を見上げるが、すぐに押し倒されて次の言葉が続かない。

「―――お前は、俺を嫉妬させる天才だな。」
「そんなこと・・・っ。だって修ちゃ・・・松本さんは・・・」
「幼なじみだって言うんだろ?この前はただのクラスメイト。レッドサンズの誰かと一緒にいても―――それは全員男だ。別にそいつらとお前が会うことは当たり前だし、嫉妬するのは馬鹿げてると分かってる。分かってるからこそ―――おかしくなりそうだ。」

自嘲的な笑みで、涼介の口の端が歪む。
そんな顔を見るのは初めてで、しかも両腕を抑えつけられての目に戸惑いと困惑の色が浮かぶ。
その目を見て、涼介は更に顔を歪める。
本当はそんな顔をさせたいわけではないのに。
でも、抑えが効かない。

ソロリとの唇を舐める。
抑えていたの手がピクリと反応するのを見て、今度は噛みつくように口づけた。
鼻から抜ける甘やかな声と、唇の柔らかさと、温かい舌と潤んだ瞳だけでイケるような気がする。
もっとキスの上手い女は何人もいたし、女らしい体つきの女も、セックスの上手い女も多くいたはずだ。
でもこんなふうに、キスしただけで、首筋に舌を這わせただけで理性を失いそうになるような女はいただろうか?
Tシャツをたくし上げると、は解放された片手で抵抗を試みる。

「あの・・・シャワー浴びてから・・・。」
「イヤだ。」
「で、でも、汗かいてるし・・・っ!」

そんなのは気にならないとばかりに、臍から腰へと愛撫する。
羞恥に顔を赤らめて必死に身を捩るけれど、涼介の愛撫は止むことはない。
「やだ!」と首を何度も横に振るが少し可哀そうになるけれど、もう止める気はなかった。

服や下着を剥ぎ取る動作の乱暴さとは対照的に、愛撫する指や舌はもどかしい位に優しい。
の感じる箇所を的確に攻めて、抵抗を封じ込めて行く。
必死に殺していた声も、だんだん抑えが効かなくなる。
そんなに、涼介はわざと意地悪な笑み。

「そんなに声出して、隣りに聞こえないのか?」

は抗議の視線を向けるけれど、その目元はうっすら赤く染まっていて、逆に涼介の行動をエスカレートさせる。
下唇を噛みしめようとしたの口に、涼介は指を挿し入れた。
涼介の指を噛むわけにはいかない。
それが分かっていて、わざとの感じるポイントを執拗に攻める。

この人、何でこんなに意地悪なんだ―――っ!

今さらなことを心の中で叫び、必死に声を我慢する
快楽に溺れそうになるけれど隣りの部屋の住人のことと、部屋の明かりで羞恥の方が勝ってしまう。
体は敏感に反応する。
けれど、恥ずかしくてその感覚にだけ身を任せられない。
涼介もそれを知っていて、わざとこうしているに違いない。

これが松本と一緒にいたことに対する仕返し―――なのか。
自分が好きなのは、涼介だけなのに。

「私が好きなのは―――涼介さん、です。」

信じられない位カッコよくて、たぶん、女の人に振り返られない日はなくて、男の人にも憧れられる存在で。
いつも涼しげな顔をして余裕に見えるのに。
なんでこんな私の一言で、そんな照れたように微笑ってくれるんだろうか。
何だか可愛い―――なんて言ったら、もっと怒るんだろうか。
自分の上でシャツを脱ぎ棄てる男を見上げる。

「―――ほんとうに?」
「本当です。」
「じゃあ、俺の名前を呼んで?」

微笑いながら涼介はそう言って、の瞼に唇を落とす。
促すように鼻や頬や唇を啄ばまれて、はおずおずと涼介の名前を口にする。

「もう1回。」
「涼介・・・さん。」
「もっと。」

クスクス笑いながら、涼介の唇は下へと降りて行く。
何度名前を呼んでも「もういい」とは言ってくれない。

「涼介さん・・・電気、消してください。」
「俺の名前以外を口にしていいなんて言ってないよ?」

そう言いながら意地悪く笑って、の両膝を掴む。
そのままぐいと広げると、は小さな悲鳴を上げた。
やだやだと身を捩って抵抗しても、涼介は気にせず腿に舌を這わせた。
死ぬほど恥ずかしい。
思わず涙ぐむけれど、涼介には解放する気はさらさらないらしい。

の全部が見たいんだ。」

そんなことを、いくら甘い声で囁かれてもコクンと頷けるはずもない。
プルプルと何度も首を横に振る。
でも涼介の舌はどんどん足の付け根の方へと近づいて行く。
本気で抵抗したかったけれど、もう力が入らなかった。

「人の嫌がることをしちゃダメだって・・・教わりませんでしたか・・・?」
「好きな子ほど苛めたくなるって言葉は知ってるか?」

やっぱり苛めているのか・・・!
指が入れられると、既にそこは密で溢れていて卑猥な音がした。
その細い指は器用に動き、の頭の中を真っ白にして行く。
涼介に余裕が戻ってくるのに反比例して、にはどんどん余裕がなくなって行ってしまう。
舌で舐め上げれば、堪えられずは声を漏らした。

「もうやだ・・・!」
の『もうやだ』は、『もっとして』って意味じゃなかったか?」

違います!
そう言い返そうと思ったのに、代わりに出たのは自分でも恥ずかしくなるような喘ぎ声。
執拗に行為が繰り返されると身を捩っていたはずなのに、腰が動いてしまう。

「ほら、もっとしてって、言ってごらん?」

死んでも言うもんか。
顔を背けることでそう主張すると、涼介の手が伸びてきて額に貼り付いた髪を退ける。

「素直になれって言わなかったか?」

目を覗き込まれて、楽しそうに微笑う。
ホントにこの人は―――

は涼介の首に手を回し、その耳元で囁くように言った。